和歌山市の文化財・遺跡

紀三井寺参詣曼荼羅・熊野観心十界曼荼羅

詳細情報

読み仮名 きみいでらさんけいまんだら・くまのかんしんじゅっかいまんだら
指定 市指定文化財 美術工芸品
指定日 20200515
時代 安土桃山時代, 江戸時代
地区 雑賀・和歌浦・名草地区
所在地/所有者等 宗教法人護国院

 紀三井寺参詣曼荼羅は室町時代の終わり頃に天変地異や兵乱で荒廃した紀三井寺を再 建するために紀三井寺の霊験譚や、功徳をわかりやすく説明し、ひとびとから喜捨(寄付)を 募るための絵解きに用いられました。画面中央には横一列に紀三井寺の名の由来となった 「楊柳水」「清浄水」「吉祥水」が、縦軸に「為光上人と龍女」などの紀三井寺の縁起や霊験譚 が描かれるなど紀三井寺を中心とした信仰空間が一幅の中に見事に演出されています。ま た、名草山を背景とし、本堂を中心に鐘楼や多宝塔、楼門等の現在も残る堂宇だけでなく、 割拝殿や大鳥居といった現存しない堂宇も描かれるなど往時の紀三井寺の姿を今に伝え る貴重な資料でもあります。
「熊野観心十界曼荼羅」は人間が生まれてから死ぬまでの段階を表した「老ノ坂(おいのさか)」を画面上方に大きく描き、「心」字の円相、四聖、六道、その他様々な地獄の光景を表した絵画です。
「熊野観心十界曼荼羅」は「那智参詣曼荼羅(なちさんけいまんだら)」等の「社寺参詣曼荼羅(しゃじさんけいまんだら)」と一対(いっつい)のものとして伝っている事例が多く、「熊野観心十界曼荼羅」で地獄の恐ろしさを絵解きし、「参詣曼荼羅」で功徳(くどく)と救いを絵解きした姿を物語るものであると考えられます。この「熊野観心十界曼荼羅」も「紀三井寺参詣曼荼羅」と一対のものとして伝来したものです。紀三井寺をはじめとする西国巡礼の札所(ふだしょ)(11ヵ寺)に遺る「社寺参詣曼荼羅」と「熊野観心十界曼荼羅」は、戦国時代の動乱により疲弊荒廃した社寺が復興を目指し、その為の勧進活動の一環として絵解きを行っていたことをよく示しています。
写真1 紀三井寺参詣曼荼羅  写真2  熊野観心十界曼荼羅