和歌山城追廻門
詳細情報
読み仮名 | わかやまじょうおいまわしもん |
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指定 | 市指定文化財 建造物 |
指定日 | 令和3年5月17日 |
時代 | 江戸時代 |
地区 | 本町・城北・雄湊・中之島地区 |
所在地/所有者等 | 和歌山市一番丁/和歌山市 |
和歌山城追廻門は、城外の扇ノ芝(おうぎのしば)に馬場があり、そこで馬を追廻していたことが門の名前の由来とされています。鏡柱(かがみばしら)2本と内側の控柱2本から構成されており、2本の鏡柱上に冠木(かぶき)を渡して小さな切妻屋根(きりづまやね)を被せ、鏡柱と内側の控柱の間にも小さな切妻屋根を被せています。また、切妻の両側に破風(はふ)はなく、直接石垣に接しています。
追廻門は昭和58~59年に行われた解体修理時の調査で、主要部材に当初材が多く残っていたことが判明しています。当初材の垂木(たるき)の形状から創建時期は寛永期よりは古くなることが指摘されおり、元和年間までさかのぼることになれば、徳川頼宣による砂の丸と南の丸の造営時期とも一致することとなります。
和歌山城では、重要文化財である岡口門をのぞくと現存する江戸時代の建造物は追廻門と井戸屋形(いどやかた)のみであり、追廻門は江戸時代の和歌山城の景観を現在に残す貴重な文化財と言えます。