和歌山城
詳細情報
読み仮名 | わかやまじょう |
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指定 | 国指定文化財 史跡・名勝 |
指定日 | 昭和6年(1931)3月30日 |
時代 | 江戸時代 |
地区 | 本町・城北・雄湊・中之島地区 |
所在地/所有者等 | 一番丁/和歌山市 |
〔種別〕史跡
天正13年(1585)、羽柴(豊臣)秀吉が紀州攻めを行い、帰陣直後に紀州支配の中心として、吹上峰を城地と定め、弟秀長に支配をまかせました。その後、秀長の城代として桑山茂晴が在城し、慶長5年(1600)に浅野幸長が関ヶ原の戦功により紀伊国城主となり、本格的に和歌山城の増改築に着手しています。元和5年(1619)徳川家康の第10子頼宣が55万5千石を占有して入国し、御三家の1つとなりました。
弘化3(1846)年7月26日、天守閣落雷のため大小両天守・櫓・蔵・多門等を焼失し、嘉永3年(1850)に再建されましたが、昭和20年(1945)7月、空襲によって再び焼失しました。現在の天守閣は昭和33年(1958)に嘉永3年再建時の外観で復元したものです。