加納諸平の墓
詳細情報
読み仮名 | かのうもろひらのはか |
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指定 | 県指定文化財 史跡・名勝 |
指定日 | 昭和33年(1958)4月1日 |
時代 | 江戸時代 |
地区 | 本町・城北・雄湊・中之島地区 |
所在地/所有者等 | 道場町/海善寺 |
〔種別〕史跡
幕末の国学者、歌人である加納諸平は、遠州白須賀の人で、国学者であり歌人でもあった夏目甕磨の長子として文化3年(1806)9月に生まれました。文政4年(1821)、父に伴われ近畿を歴遊し、和歌山城下に本居大平を訪ねた際に、大平の推挙により紀州藩奥医師加納伊竹の養嗣子となりました。天保4年(1833)に紀州藩国学所総裁を勤め、『紀伊続風土記』『紀伊名所図会』の編者でもありました。墓碑は加納家の墓所の中にあり、墓石は花崗岩製であり、正面に「加納諸平墓」、裏面に「安政四年丁巳六月二十四日」と刻銘された自然石の主石が台石の上に置かれています。